■…我慢し切れんかった(苦笑)
遠く高く、はるかに広がる青空。
雲ひとつない。
風もない。
世界は凪いで、ただ灼熱の太陽が砂を焼く。
砂漠の彼方に浮かぶのは、蜃気楼の街。
見えている現実、見えない真実。
この手に掴めるもの、掴めないもの。
―――掴んだ、モノ
額の汗をぐいと拭って、皆守はサングラスをかけた。
TVの画面で見ていたものより、砂漠はバカみたいに暑い。
本気で干物になりそうだとつくづく思う。
(こういうのは体験してみなきゃわかんないもんなんだな)
あの番組のリポーターは気の毒だ。
少しでも肌の露出を抑えないと火傷してしまうから、長袖のシャツに丈の長い厚手のパンツ。
スカーフも巻いて、靴下も履いて、靴は底が厚くて丈の長いブーツ。
倒れてしまったら格好つかないから、頭から布も被って完全防備している。
「どうした温室育ち、暑くてへこたれてんのか?」
少し離れた場所から響いた声に、顔を向けた。
「うるせえよ」
彼の父親が見たら泣きながら卒倒してしまいそうなほど、こんがりと日焼けした肌。
漆黒の髪、赤い瞳。
笑う口元から覗く歯だけ白くて、まるで歯磨き粉のコマーシャルのようだ。
やっぱり同じ様に厚手のパンツの裾をブーツに詰め込んでいるのに、違うのは上半分。
袖をまくったシャツから景気よく覗く腕は焦げたフランスパンみたいに黒くて硬質な質感を予感させる。
(けど)
違うんだよな。
ザラザラしてるし傷だらけだけど、触れるとこの上なく心地よい感触なのだと、俺だけが知っている。
その腕が何の前触れもなしにフイと伸びて、グローブを嵌めた手が差し出された。
「おいで」
皆守は改めてその姿を見つめる。
「甲太郎」
その瞳を―――見つめる。
「誰にも真似できない、俺たちだけの夢を見よう」
まるで太陽みたいに笑う。
いや、太陽以上だ、少なくとも俺にとっては。
伸ばした手の、指先に触れて、そこから重ねるようにすると、強く掴まれて引き寄せられた。
抜群のバランス感覚で体勢を保ったまま駆け寄ると、自分より少しだけ背の高い彼はそのまま嬉しそうに笑った。
「ようこそ―――命知らずのバカ者たちの世界へ」
「フン」
あのしけた重みのなくなった口元はやたら軽やかだ。
いらんことまで喋ってしまいそうで、皆守はより慎重に口を閉じる。
もっとも、そんなことしたって、どうせこいつには何もかも筒抜けなんだろうが。
俺の中から一切合財抜き出して、全部さらにして突っ込みなおすような、そんなとんでもない野郎なのだから。
日差しが暑い。
けれど、触れ合った場所は、より熱い。
「言っとくが」
「うん?」
「俺が一緒に行く以上、今後のお前の死亡確率は、格段に低くなったんだからな」
笑い合えばあの頃のままだ。
ただ変わったのは、お前の体には更に傷が増えて、俺にはくだらないしがらみがなくなった事だけ。
相変わらず身長も負けてる。
(何でだ)
いつか必ず追い抜いてやる。
もっとも、今更伸びるのか?という個人的に最大の難問があるのだけれど。
「それはそれは」
ふざけた仕草でお辞儀をして、赤い瞳がイタズラな光を浮かべていた。
「じゃあ、その発言に見合うくらいには、頑張っていただきましょうか?」
「まあ、お前一人の背中くらい、適当にお守してやるさ」
「おッ、ずいぶん大きく出たな、俺の嫁さんになるのは大変だぞ」
「嫁はお前だろ」
「オイオイ、夜の話をしてるんじゃないぜ」
「フン、どっちにしたって嫁はお前だ」
「相変わらず関白宣言だねえ、まあいいか、よろしくダーリン」
「まあ適当に頼むぜ、ハニー」
繋いだ手はもう一度強く握りなおして、二度と離さない。
契約書はこの大気とあの日差しと、そしてお前の瞳の色だ。
その目を閉じる日まで、俺は共に在ろう。
いや、目を閉じたとしても、ずっと―――
「さあて!」
景気のいい声が叫んだ。
そして俺たちは歩き出す。
「―――お仕事、しましょうか!」
日差しの中を。
闇の中を。
風の中を。
思い出の中を。
明日に続く、果て無き道の上を。
「行こうぜ甲太郎、まだ世界には、俺やお前の知らんもんが、山ほど転がってるんだからな!」